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開墾から15年が経ちました。

故郷の原風景を残すべく、耕作放棄地の開墾から15年が経ちました。

無謀と言われた農地の開墾時代から「夢」を描き、追いかけ

実現に向けてマイペースながらも邁進して参りました。

今回は、15年前を振り返り、当社の原点を知っていただきたく

以下の文章を掲載いたします。

 

土と草の香り。青い空に輝く太陽。
勝沼、鳥居平。眼下に広がる扇状地は、まるでおもちゃの箱庭。
山の頂上に近い急斜面の中腹に、へばり付くように広がる葡萄畑。
色づき始めた葡萄の中で、汗を流す男たち。
眩しい空を仰ぐ顔に笑顔がこぼれる。
「自分たちの手で、畑を創る。葡萄を作る。ワインを造る。」
単純だが困難な夢は、実った葡萄に象徴される。
株式会社「東夢」。
第二の人生は、荒れた畑を復活させ、葡萄を実らせることだけに注がれた。
もうすぐ収穫の時。吹き出す汗は風が拭ってくれる。

「さて、どうしたものか…」
眼前を広がる急斜面。
荒れた樹木が生い茂り、下草の中には朽ちた木片や針金さえのぞく。
ここはかつて、豊かな葡萄畑だった。
青空を浸食するように迫る斜面を見上げる。2002年の夏である。
生れ育った土地である。朽ちた畑を放ってはおけない。
会社を定年退職した高野は、その思いだけで荒地に踏み入った。
最初は高野と、高野を見かねた会社の先輩、田中の二人だけだった。
農業機械さえ受け付けない傾斜地で、鎌を手に一年半、ようやく整地を終える。
しかし、初めての葡萄栽培は害虫にやられて失敗。
台風のため、開墾した斜面を流されたこともある。
「葡萄畑を蘇らせたい」…
無謀なチャレンジから五年。
約六千平方㍍の畑に、やっと美しい葡萄が実った。
退職した仲間は五人になっていた。

畑に広がるのはヨーロッパなどでよく見られる垣根栽培の葡萄たち。
「本場フランスのやり方で赤ワインを作って、飲み比べてやろう」
どうせ一から自分たちでつくるのだからと、遊び心で選んだ栽培方法だ。
ここ鳥居平は日当りも水はけも良好。
さらに山頂近くのこの畑は、昼夜の寒暖差もある。
葡萄やワインの産地として有名な勝沼の中でも屈指の好条件だ。
そこでカベルネ・ソービニヨンやメルローといった葡萄をつくるのだ。
その葡萄でワインをつくるのだ。
山梨の、勝沼の、鳥居平の、荒れた畑を甦らせた。
そこで手塩にかけて葡萄をつくった。
美味いワインができないはずがない。

「どこにもないお酒をつくってやる」
収穫する葡萄の一粒を、醸造されたワインの一滴に、大切に、大切に。
そしてついに夢の挑戦は赤ワインだけには留まらなかった。
高野の遊び心に火がついた。
芋や麦や黒糖、それらからは焼酎ができる。
それなら葡萄で焼酎はつくれないものか?
地元の畑仲間から甲州葡萄を買い入れ、甲州葡萄100%の白ワインをつくった。
次には甲州葡萄100%のホワイトブランデーをつくった。
そして甲州葡萄100%のワインとブランデーをブレンドする。
そしてテイスティング。「美味い」。
世界唯一の葡萄の焼酎「葡蘭酎」の誕生である。

たった一人の思いから、同世代の仲間を巻き込み、
大きく膨らむ「東夢」の夢。
見渡せば、後継者不足で放置された農地がつらなる。
「人の手を待つ農耕地がここにはある」
サラリーマン時代には味わえなかった感動を、
多くの人と共有したい。
皆で土地を蘇らせたい。
「東夢」が描くのは、第二の人生を謳歌する人たちでつくる農業法人。
ここには土があり、太陽があり、風がある。
作物を作り出す情熱を、人の手を待つ休耕地がある。
農業にささやかな夢を見る人が増える日本。
夢の実現はそうたやすくはないだろう。
しかし同じような夢を抱く仲間たちは、日本中にきっといる。

 

これが東夢の原点、始まりです。

今回、原点である農地(現自社圃場)の見学会をゴールデンウィークに開催しようと思っております。

近々、圃場見学会イベントの詳細をこのブログにて掲載予定です。

ご期待ください。

 

開墾時代の精神を紡ぎ、次の10年へ継承し活かすべく新たなスタートに立ち、次のステージを目指します。
私たちは、未来に向かって「夢」を描き続けこれからも前進していきます。